武田信玄の副収入のススメ
戦国時代最強の武田騎馬軍団・・・ その最強家臣団を支えたのが金山採掘による甲州金・・・ 現代によみがえる武田信玄の戦略・・・ まずはコツコツとお小遣い稼ぎから!!!
時代の先駆者:織田信長



時代の先駆者:織田信長

もはやこの人物については詳しい説明は要らないほどに有名な武将である。
武田信玄を現代で言うなれば、企業組織に人材を適材適所に配置し、その意見を集約して企業方針を決定、その方針に従って邁進するオーソドックスなタイプの社長であろう。
一方、織田信長はすべてにおいてトップダウンで物事を即断・即決、斬新なアイデアで局面を乗り切っていくベンチャー企業の一匹狼タイプの社長であると言えよう。

尾張守護代・織田信秀の長男として生まれた織田信長は、父の死後家督を18歳で相続した。
1560年の桶狭間の戦いにおいて攻め寄る今川義元の大軍を奇襲戦法により撃破して,天下に勇名を馳せた。
次第に勢力を拡大していくなか、将軍・足利義昭と対立し、武田・浅井・朝倉・三好・比叡山・本願寺・毛利などの信長包囲網にも果敢に対抗していく。
武田信玄との直接対決は実現しなかったものの、信玄亡き後の武田家とは後継者・武田勝頼を長篠の戦いにおいて相まみえている。
信長は3000丁の鉄砲と防護柵で武田騎馬軍団を撃破し、武田家を滅亡へと追い込んでいる。

天下統一を目前にしながら1582年6月に『本能寺の変』が勃発する。
自軍のなかでも優秀な武将・明智光秀の謀反により、明智軍の襲撃を受け進退極まり自ら本能寺に火を放つ。
結局その焼け跡の中からは死体は発見されていない。

時代の先駆者とも言えるほどに色々なアイデアを具現化し、その先見性は他を圧倒することは誰もが認める事実であろう。
楽市楽座を奨励し堺を一大商業都市としたり、兵農分離で軍隊の傭兵化を推し進めたり、いち早く鉄砲部隊による戦術方法の確立などはその一例に過ぎない。

その天才的才能の保有者が故に、家臣団の不平不満に気づかなかったのであろうか・・・
家臣団への思いやり(仁義)がもう少しあったならば、間違いなく自ら天下を手中に治めたであろう。

FC2 Blog Ranking
にほんブログ村 歴史ブログへ ←←← どうかご協力を!!【只今参戦中】


コメント
この記事へのコメント
管理人のみ閲覧できます
このコメントは管理人のみ閲覧できます
2006/09/11(月) 16:21:52 | | #[ 編集]
コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
http://tomobg5.blog68.fc2.com/tb.php/32-a3eb25d5
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
この記事へのトラックバック