村上勢との上田原の戦いで甘利・板垣の両重臣を失った武田晴信。
敗戦を受け入れられずに合戦後も陣を駐留させている状態が続いていた。
母である北の方より帰陣を促されてやっと陣を払うことを決意したのは合戦より20日以上経ってからであった。
母から
『人を慈しむ心を失っては国を滅ぼすこととなる』
という戒めの言葉を受けうな垂れる武田晴信。
重臣の二人は死をもって若き主君・武田晴信を戒めた のである。
この重臣の死を以ってしての戒めは武田晴信へ対してショック療法ともなり不安定であった武田家臣団の結束を固めることともなった。
武田晴信が亡き板垣信方を想いつつ語った決心・・・
『甲斐には生涯堅固な城は築かない
人は城 人は石垣 人は堀
情けは味方 仇は敵』
現在に伝わる武田節にも語られる一節。
人の結束に勝てるものはないということを悟った武田晴信は
今後数ある戦国武将の中でも特異稀なる主君へと進化を遂げることとなる。
片田舎から天下を目指す戦国大名のひとりとして・・・
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