武田信玄の副収入のススメ
戦国時代最強の武田騎馬軍団・・・ その最強家臣団を支えたのが金山採掘による甲州金・・・ 現代によみがえる武田信玄の戦略・・・ まずはコツコツとお小遣い稼ぎから!!!
大河ドラマ『風林火山』 第12回
今回ようやく山本勘助は武田家に仕官が叶い、長年の浪人生活にピリオドを打つことができた。

武田の使いの者より知行100貫で召抱えると伝えられていざ甲斐へ向かう。
甲斐へ入って武田晴信の御前へと上がる前日、のちの高坂弾正となる源五郎の屋敷にて泊まることとなる。
そこには晴信からプレゼントとして翌日着て参上するための着物が届けられていた。
その心遣いに勘助は泣いて慶びを噛みしめる。

翌日晴信の御前に参上した勘助は並居る武田家家臣団の前で
『知行100貫では不足であろう。知行200貫で召抱える。』
と晴信から破格の待遇条件を晴信から宣言される。

これには家臣団からも異論を唱えるものが続出したが、
晴信はこれを一蹴してそのまま家臣として登用を決定する。

この間晴信と家臣団とのやりとりは武田家の意思決定方法が決して絶対君主制でもなければ家臣団主導の傀儡政権でもない様子が伺える。


ブレーンストーミングとも言える手法で家臣団にさまざまな意見を求め、それをよくよく吟味したうえで、最終決定は主君が決定する。


実はこのバランスが非常に繊細で難しいものであることは明白で、
家臣団の意見のなかから客観的に最良の方策をまとめることがかなわなければいたずらに時が経過し機を逸してしまうこととなる。
また主君が我を通して自身の意思のままに家臣団を無視すれば次第に家臣団は自由な発想の意見を進言することもままならなくなり多角的な考察に欠けてしまうこととなる。

このことは勝頼の代となりこの均衡が破れたことにより家臣団の不和を招き武田家が滅亡へと進んだとも見て取れるのではなかろうか?

今回の勘助登用に関する晴信と家臣団のやりとりは互いにそれぞれの立場をわきまえたうえでの合議であり、晴信の決定であったと言えよう。

その根底に流れる考え方・・・
 人の心は武によって制することはできぬもの
 人の心は情によって動かされるもの


この言葉に集約されるような気がするのだが・・・

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