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川中島の古戦場



川中島の古戦場

《トモ蔵》
勘助殿、今回は武田勢と上杉勢との間に起こった川中島の戦いをご紹介致します。

■川中島の戦い(第4回)
三国同盟で後塵の憂いがなくなった武田信玄は信濃攻略に取り掛かっていた。
ほぼ信濃を平定していた折に村上義清が越後を頼ったことにより越後・上杉勢との信濃を巡るお互いの牽制が始まる。
海津城の築城により喉元に刃を突きつけられた形となった上杉勢はこれを排除するべく軍勢を川中島南部の妻女山に布陣する。
海津城の高坂昌信より知らせを受けた武田信玄も甲斐・古府中を出発しこれに応戦する。
しばらく睨み合いが続くが士気低下を防ぐため、信玄は軍勢を一旦海津城へ引き上げる。
その後両軍は睨み合いとなるが、山本勘助の提案である『啄木鳥の戦法』(別働隊で妻女山の後ろを尽き、敵が出てきたところを挟撃する)を採用した信玄は、高坂昌信に奇襲部隊12,000人を預け上杉軍が籠る妻女山への攻撃に向かわせた。
残りの兵8,000人を率いた信玄は海津城を出撃し別働隊の攻撃によって逃れてくるはずの上杉軍を待ち構える。
しかし、前夜海津城から立ち上る炊煙の多さによって夜襲を察知した上杉謙信は軍勢を率いて深夜に下山する。
夜明けとともに濃い霧の中から上杉勢が武田勢に襲い掛かる。
武田信玄は『鶴翼の陣』で対抗するが『車懸りの陣』で突き進んでくる上杉勢に防戦一方の形となる。
信玄の弟・武田典厩信繁が身を挺しての防戦にあたり持ちこたえているところに武田の別働隊がようやく到着する。
形成は一気に武田方に傾き、反撃に打って出る。
結局戦いは五分五分の引き分けに終わるが、武田勢は武田信繁・山本勘助などの貴重な武将を失ってしまう。

この戦いには諸説があり、本当は両軍とも大きな戦いを避けたいという意向があり、ある程度対峙した後に軍勢を引き上げるつもりだったという説もある。
軍勢を引き上げている最中に、たまたま当日発生した濃霧により武田・上杉の両軍が目の前で遭遇、そのまま戦いに突入してしまった。
(過去の川中島では対峙するだけで大きな戦いにはなっていない為。)

いずれにせよ、ここ川中島で大きな戦いが勃発し、両軍の多くの兵士たちが亡くなっていることは事実である。


以上、勘助殿も激闘の末 終焉を迎えた地・川中島についてでござる。


《山本勘助》
いやはや、川中島についてのご報告に感謝します。
今は長野インター付近で古戦場として整備されているご様子。
お館様と上杉謙信との一騎打ちの銅像も見事でござるのう・・・
トモ蔵殿、またのご報告をお願い致します。

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