武田信玄の副収入のススメ
戦国時代最強の武田騎馬軍団・・・ その最強家臣団を支えたのが金山採掘による甲州金・・・ 現代によみがえる武田信玄の戦略・・・ まずはコツコツとお小遣い稼ぎから!!!
岩村城代・秋山信友



岩村城代:秋山信友

武田信玄、武田勝頼の二代に仕えた武田家臣団のひとりで伯耆守と称す。
信玄の信濃国攻略に際して特に伊那地区の攻略で戦功を挙げ上伊那郡代に登用されている。
以後も各地を転戦し、高遠城、飯田城などの信濃方面の主要地域での防衛面を主にを任される。
武田家臣団のなかでは武勇面に秀でる武将のひとりであるが、それだけではなく信玄の娘・松姫と織田信長の嫡男・織田信忠との婚約成立の歳には信玄の全権を任された名代として岐阜へ赴いている。
織田信長もこの婚儀成立には慶びを前面に表し、信友を長良川の鵜飼でもてなしている。
飯田城代に就任してからは他国との国境警備と共に美濃国攻略を担当している。
そんな中で遠山景任の守っていた岩村城の攻略へ向かう。
この岩村城は無血開城させるが、その折には遠山景任の正室である信長の叔母を妻に迎えることを約束し、実現している。
その後はこの岩村城の城代を任命される。
信玄死去後も勝頼を補佐して美濃出兵を援護したが、天正3年(1575年)長篠の戦いで武田軍が大敗すると岩村城は孤立してしまう。
再三再四、織田信忠の軍の猛攻を受けるがこれをかわしつつ、良く持ちこたえていた。
しかしついに織田信長が自ら本隊を率いて岩村城を包囲する。
本国より援軍の見込みがなかった信友は城兵の保身を約束に開城を決意し実行する。
しかし信長にはこの約束を果たす気は毛頭なく、秋山信友と信長の叔母である妻を長良川で磔刑にしてしまう。
もちろん城兵もひとり残らず討ち取られてしまっている。

一度は鵜飼で接待された長良川で奇しくも同じ場所で磔となってしまうとは・・・
運命とは時に予想もしない結末を迎えるものである。

FC2 Blog Ranking
にほんブログ村 歴史ブログへ ←←← どうかご協力を!!【只今参戦中】