嘘ばかりの世の中に暮らしている
故 たまたま真実ばかり申す者が現れると
それが嘘だと思ってしまう
松永久秀は
1.主家三好氏の暗殺
2.将軍足利義輝の暗殺
3.東大寺大仏の焼き払い
などの偉業???を成し遂げた人物であり、『乱世の梟雄』として悪名高い。
三国志の曹操も『乱世の梟雄』と評されたが悪名においては久秀の方が一枚上手であろう。
また平蜘蛛茶釜をはじめとする『名器』と呼ばれる茶器を多数所有するなど茶人としての一面も有す。
そんな久秀が残したこの言葉は、彼の経験測から生まれた独自の世界観を凝縮しているかのようである。
虚々実々が複雑に織り成す乱世の裏側までをも知り尽くした者の言葉である。
乱世において一体何を信じて生きれば良いのか?
現代の平世でさえ何を信じれば良いのか解らないというのに・・・
ひょっとして現代も乱世ということなのであろうか???
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健康長寿に格別の注意を払え
最終的に乱世の戦国時代で長きに渡る政権の礎を築いたのは、武田信玄でもなく、織田信長でもなく、豊臣秀吉でもなく、徳川家康だった。
この事実にはさまざまな要因があるのであろうが、家康が一番『健康長寿』であったという事も少なからず影響しているのではないだろうか。
どんなに才能に溢れていようと健康長寿でなければ太く短きに終わってしまう。
志し半ばで散ったとしたら大業をなしたとは言えまい。
伊達政宗も隙あらば天下を狙うという意味でも特に健康長寿に気を使ったのではなかろうか。
もし家康が磐石の体制を整える前に病気などで亡くなっていたら・・・
歴史のうねりは違う形を見せたのかもしれない。
まさに『無事これ名馬』の例えの通りではなかろうか?
追伸:そういった意味では『ハルウララ』は間違いなく名馬である。
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義に過ぎれば固くなる
礼に過ぎれば媚となる
智に過ぎれば嘘をつく
信に過ぎれば損をする
■仁に過ぎれば・・・
やさしいと言うだけでは馴れ合いが生じて乱世を生き抜けない。
■義に過ぎれば・・・
あっちを立てれば、こっちが立たない。義理もほどほどに・・・
■礼に過ぎれば・・・
謝礼も過ぎれば見返りを求める賄賂と紙一重である。
■智に過ぎれば・・・
策士 策に溺れるの例えもあれば虚策に繋がる。
■信に過ぎれば・・・
最終的には正直者が馬鹿をみる。
『過ぎたるは及ばざるが如し』
何事においても中庸が肝心であり、度を越してしまえば良くないということである。
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油断すべからず
大きな事件が勃発する前には必ず兆候となるできごとが存在し、それに起因して大事に至るものである。
不祥事と呼ばれるものには必ず・・・
小さな不協和音というか兆候を発見した部下は必ず上司に報告をする。
報告された上司が聞く耳を持って早期に対応策を講じればなんでもないことでも、毎回『もっと要領よく説明しろ』なんて言われた日には部下も段々報告したくなくなる。
それで小さな兆候が更なる大きな問題に発展し、気づいたときにはもう手遅れ・・・なんてこともよくある話で・・・
風通しの良い環境作りとはホントに難しいもので、いちいち小さな問題までにどれだけ我慢強く付き合っていけるか?
最近日本でも外国人のGMが多くなってきているが、そのGMのマニュアルには・・・
『たとえどんなに自分の仕事が忙しくても、部下が自分のデスクの前に来たときには必ず仕事の手を一旦止めて、「May I help you?」と受け答えしなさい』
と書かれているという話を聞いたことがある。
こういう場合、大抵の日本人社長は、
『なんだ、用があるなら3分で済ませてくれ。私は忙しいのだ』
というのではなかろうか?
どちらの姿勢が小さな事件の芽を早期に発見に繋がるかは一目瞭然であろう。
伊達正宗の言葉を肝に銘じていきたいと心に誓う昨今である。
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幸いトモ蔵の妻のつくる食事美味しいので『旨からず・・・』ということはないのが幸いであるが・・・
でも伊達政宗は自身も料理を趣味としていたようで、やはりその腕前を褒められればうれしいことであろう。
何事にもそうであるが『褒めてその能力を伸ばす』ことは重要である。
他人のあら捜しをして揚げ足を取るばかりでは建設的な関係の構築は望めない。
『怒る』と『叱る』は似て非なるもの。
感情的に怒ることからは憎しみしか生まれないが、将来を想い叱り正しき道へ導くことで信頼関係が生まれる。
『褒める』とはちょっと話の趣旨が逸れてしまったが、そのような上司に出会えると言うことはホントに幸せなことである。
自分も部下に対してそのような上司でありたいものである。
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負けを知らざれば
害その身に至る
『明日は我が身』
一言で言うなればそういうことであろう。
戦いに勝っても敗者のことを気遣うことができなければ、いずれは自分の身に敗者と同じ境遇が待っている。
戦いに負けても我慢の日々の後には再起への道も見えてくる。
常勝するということはある意味すごい事であるが、負けてこそ大きく成長することもある。
負けることの痛みを分かっている者こそが本当の勝者であり、最終的に笑う者であろう。
まさに徳川家康の人生そのものではなかろうか。
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心に望みおこらば
困窮したる時を思い出すべし
物が溢れ返り何でも使い捨て用品で済まされる現代人には不自由を感じることはあまりないであろう。
でもその生活基盤も決して永遠に普遍のものではない。
中越の群発地震での記憶・・・
電気・ガス・水道のライフラインを断たれた現代人の生活はあっけなく困窮してしまう。
まだ地震の影響の無かった地域からの物資や人員の救援があったのが幸いであったが、もし日本全国 いや地球規模で一斉にライフラインを断たれるような災難が発生したら・・・
情報の収集にインターネットも使えず、火を熾すのにも苦労し、飲み水さえままならない。
そんな時に家康のように
『困窮したる時を思い出すべし』と言ったところで正直困窮した経験が全く無い自分達の世代は一体どうなってしまうのであろうか?
考えただけでも恐ろしい。
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一番槍をする勇士より価値がある
これも徳川家康の名言で好きな言葉である。
組織が小規模のうちは武勇に優れる諸将の存在が戦の勝敗を左右する。敵を恐れぬ決死の覚悟で一番槍の功名を挙げるような武将の存在価値も大きく重宝される。
しかし次第に勢力を拡げ、組織が大規模になってくると自軍のなかでの戦功争いも活発化し、我がまま勝手な行動に走りがちな諸将に対しても厳しい目を配る必要がある。
主君が厳しい態度で諸将に臨むと、下手なことをすると罰せられると畏縮して諫言するものは次第にいなくなる。
中には主君のためを思えばこそ諫言する者もいるが、勢力を拡げ次第に権力が大きくなってきた主君は、自身の順風満帆の余韻に浸っているのを邪魔されたくないためにそういう者は疎まれ、次第に周りにはイエスマンしかいなくなってくる。
家康のすごいところは決して独りよがりに自惚れることがなく、要所要所で自身の軌道修正ができる寛容さを身に付けている。
この能力においては右に出るものはいないのではなかろうか?
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重荷を背負いて
遠き道を行くが如し
徳川家康の名言としてこの言葉も有名である。
人生とは決して楽なものであるはずもなく、辛さや困難とは表裏一体で常に伴いながら一歩一歩前に進んでいくものである。
ましてやその道のりも決して短いものではなく、坂道を登ったり下ったり、時には平地を進んだりというものである。
不幸を不幸と嘆くだけでは何も進展せず、心の準備があれば自分自身の中で自己完結することができ、納得がゆくものでもある。
せわしく生き急ぐ現代人が忘れているもの・・・
家康のこの言葉を見習いたい。
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強い者が勝つ
辛抱の強い者が
まさに
徳川家康の、徳川家康による、徳川家康の為の言葉であろう。
辛抱・・・
我慢・・・
忍耐・・・
何ものにも代えがたいこの耐久性こそが家康の真骨頂であり、
結局は天下を手中におさめ、磐石の江戸幕府への布石を残した
男の言葉である。
何もここまで辛抱しなくても・・・
って思ってしまう自分はまだまだ修行が足りないのであろう。
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この言葉は織田信長から数々の無理難題を臨機応変の機転を利かせて受け流してきた秀吉が言ったからこそ深い意味がある。
もし他の者が残した言葉であればそれほど印象には残らなかったであろう。
あるとき信長は家臣の者に清洲城の修築工事を一週間の期限で仕上げろと命じる。
誰もがこの無理難題に躊躇し手を挙げて進み出る者が無いなか、秀吉は『自分が直してみせます。』と申し出た。
まず秀吉は修理職人を10チームに分けた。
100間(約180m)の城壁修理にあたり、10間づつをそれぞれに担当させ区画を分けた。
そこで『城壁修理を一番早く仕上げた組に褒美を出す』と約束する。
修理職人も目標が100間から10間に代わったということで、何とか期間内に仕事を完成させ褒美を貰おうと日夜休みもせずに修復作業にあたる。
そして到底無理であろうと思われた一週間という期限で城壁の修復を完成させてしまう。
主人の無理難題に対して豊富なアイデアと持ち前の行動力で解決し他を圧倒する・・・
まさに秀吉だからこそできる業である。
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この言葉は豊臣秀吉は織田信長を評した言葉である。
信長の忠実な部下として長きに渡り仕え、ある意味一番コキ使われたであろう秀吉の言葉・ホンネとして意味深いし面白い。
確かに勇将ではある。
だが良将ではない。
信長の下には秀吉を初めとして多くの優秀な部下がいる。
その諸将を動かしたものは信長の絶対的な『カリスマ性』である。
言い換えればそれは一種の『恐怖』である。
何か気に入られないことや失敗をすると取り返しのつかない事になる。
次から次へと功をあげなければ今の地位さえままならない。
人を恐怖でコントロールする・・・これが信長式の人材活用術であろう。
しかし人を動かす原動力は恐怖だけではない。
『義理・人情・仁義』といった部分でも人は意気に感じて動くものである。
信長は人情で人を動かすといった能力には大々的に欠落している。
その部分の欠落・・・いわゆる『思いやり』のなさで人から反感をかうこともしばしばであった。
本能寺の変で明智光秀に挙兵をさせたもの・・・
それはまさに信長の光秀に対する『思いやり』のなさであろう。
人に凄いと思わせることはできても
本当の意味で愛されない・・・
ゆえに織田信長は『良将』ではないと秀吉も評したのであろう。
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我が身の善悪を聞き 万事に心を付ける
これこそが 将たる者 第一の要務である
とかく身分が上がっていくにつれ自分の過去を忘れてしまいがちである。
自分が身分の低いときに上司・上官に感じた不満やうっ憤・・・
偉くなったら自分と同じ想いをする人間をつくらないように・・・と誓ったとしても、自分の身分が上がるにつれ今まで見えていたものが見えなくなってしまう・・・
悲しいかな、多かれ少なかれ『人』とはそういう習性をもった生き物であることには間違いない。
で、あるからこそ自分を客観的に見てくれる者がいるということは幸福なことである。
あながち周りには『物言う者』は敬遠され『イエスマン』しかいない・・・なんてことはよくある話で、これでは本当の意味での向上は望めない。
せめて自分の部下達にはこういう風に接したいのであるが・・・
なかなか難儀である。
秀吉のこの言葉 忘れるべらず であります。
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浪速のことは 夢のまた夢
これは豊臣秀吉の辞世の句とされている。
露のようにこの世に生まれ落ちて、露のようにはかなく消えていってしまうこの身であること。
栄光の日々は、夢の中の夢のようにはかないものである。
そういった思いが読み取れる。
一介の足軽より出世街道を関白という地位までに登りつめた秀吉であるが、死を目前にして己の人生を振り返ったときに、はかなさを感じるというところがなんとなくではあるが共感してしまう。
地位や名誉だけでは満たされない何かを感じたのではなかろうか?
いずれにせよ未曾有のシンデレレラボーイが何を想い、何を望み、何を成し得え、何を残したのか・・・。
秀吉の死により歴史が急展開することは史実の通りである。
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本当の知恵ではない
豊臣秀吉のこの言葉も好きな言葉のひとつである。
本当の知恵とはその必要性に迫られひっぱくした状況でしぼってしぼってやっとひねり出されるものである。
安易に他人に頼ってでたアイデアは本当のアイデアとは呼べず、オリジナリティーに欠けるものである。
この『知恵』の部分を『信念』に換えてみても同じことが言える。
自分自身の信ずるべき『信念』は決して他人からどうのこうの言われたことで揺るぐものではなく、それで揺らいでしまうものであれば本当の『信念』ではない。
早く自分の『信念』とも言えるべき境地を見出したいものである。
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